日本のスウェーデン感

日経に「今は昔、高負担スウェーデン」という記事が載っていると、知りあいから聞いた。送られてきた記事を読んでみたが、少し誤解を与える部分がある。
1.スウェーデン国税庁のマークは吸引器を表し、お金をぶんぶんと吸い込む役割を体現していると紹介されている。これは初めて聞く話である。
2.控除は基礎控除だけというのはまったくの間違いである。たとえば利子の30%が控除でき、住宅ローンの支払いなどに適用される。一般家庭にとって住宅ローンの支払いは大きな部分を占めている。また前保守政権が導入した就労控除、家屋修理控除、家庭サービス控除などもある。なお交通費は一定額までは個人負担である。
3.財務省が使っている国民負担率を使っているが、この数字を使う場合は注意が必要である。「消費税率を8%に上げて-----、かの国とは16ポイントほどの差がある」という表現は全然意味がない。なぜなら消費税は国民負担率の分子には含まれるが、分母には含まれないからである。
4.前保守政権が行った減税は、正確には就労減税で就労所得のみに適用される。年金者、失業者などの給付収入には適用されないため、大きな批判があった。保守政権の就労減税の目的は主に2つである。第1は就労減税により可処分所得が増え、その結果消費そして就労が増えるということである。第2には減税を就労のみに限定することにより、年金者、失業者の就労意欲を増やすことである。しかしながら、この2つの目的に対して減税の効果には賛否がある。
5.消費税において贅沢消費という考え方は聞いたことはない。たとえばハンバーガーをテイクアウトすれば、消費税は食品として12%であるが、お店で食べれば25%であり、この差別が運用上問題とされていた。また前保守政権はレストランの消費税を下げることにより、外食が増え就労増加に貢献すると言った。ただ研究者からは、過大評価との意見も多い。
6.なお記事の中の国民負担率の国際比較の出典はOECDなどとなっているが、国民負担率の分子はOECDであるが、分母は財務省であると思われる。とにかく国民所得比の国民負担率という数字は日本の財務省のみが使っている数字であり、昔からその使用の賛否が議論されている。一番大きな批判は、国民負担率は各国の税制制度の違いの影響を受けることである。
7.フランスとスウェーデンの国民負担率という数字だけを比べてもあまり意味がない。比較するには税制度、社会保障制度の違いも考慮しなければならない。例えば、給付が課税される国と非課税の国があり、課税される場合は給付と負担に二重計算されている。スウェーデンの場合、給付率の3-4ポイントが課税という形で再び国に戻っている。

なおこの記事では一部の新聞で良くあるようなミクロとマクロの数字を同一に論じることはしていないので、これは褒めておく。

社会保障費の削減?

ある記事にスウェーデンの社会保障費が1990年代に削減されたと載っていた。初耳だったので、OECDの統計を調べてみた(最近以外は5年おき)。
まず、名目価格でも実質価格でもスウェーデンの社会保障費は減少していない。次にGDP比の社会保障率を調べてみた。税率にしろ社会保障率にしろGDP比の数字は注意して比較する必要がある。GDP比であるので、社会保障費が減らなくてもGDPの成長率が社会保障費の成長率より低ければ、GDP比の社会保障率は高くなる。これに相当するのが、スウェーデンの1990年代初頭である(特に1991年から1993年までマイナス成長であった)。OECD統計によると社会保障率は1995年に32%になって以来、2000年には28%に減少している。あたかも社会保障費が減少したかのような錯覚を与えるが、スウェーデンは90年代初頭経済危機を迎え、経済成長がマイナスであった年もあった。この結果、社会保障率は増加する。そして危機が去ると、社会保障率は普通の状態に戻るので、表面的には社会保障率が減少したように見える。これは2010年代にも言えることである。
なお生活保護、失業給付、傷病給付などの給付を受けている人数や医療費などのそれぞれの費用は話題になるが、社会保障費という形で総額はあまり話題にならない(スウェーデンの社会保障費は統計庁から毎年公表される)。

なお一部の給付制度が厳格化されたことおよび2000年代後半には減税により負担率が減少したことは事実である。

社会保険か税金か

読売新聞に社会保障デスク猪熊氏の「社会保障のABC」が連載されている。介護保険が議論されていた時に、審議会の税制度と保険制度の違いについての分析は全く不十分であった。その分野の研究者が含まれているにもかかわらず、内容があまりにも教科書的で多様性を無視した結論であった。今回の読売新聞の記事はわかりやすく、他の国との比較も含めて書かれていて、審議会の報告書よりも良いと思われる。当時の議論において読売新聞などのマスコミがこの問題についてどの様に報道したか知らないが、この記事の内容をその時に議論しておくべきだった。

「スウェーデンでは、税金を払うことが給付を受ける権利に結びつき、その権利性は強いと考えられているため、「社会保険の方が、権利性が強い」といった考え方は奇異なものに感じられたようです」

これは誤解である。スウェーデンの社会保険法によると、給付は就労による給付と居住による給付に分けられており、例えば児童手当は社会保険給付であるが、居住による給付である。税金を払うことと何の関係もない。権利性とは法律でどの様に規定するかで、保険制度の方が権利性が高いとは言えない。なお社会保険制度の就労による給付は就労所得に比例した給付であることで、負担と給付は例外規定があるもののほぼ完全な比例関係にある。また税制度によって運営されている医療を受ける権利は住民であることで、税金の支払いとは関係がない。なお一つ指摘しておかなければならないのは、社会保険料は年金保険料の本人負担を除き、全額雇用主が負担するが、個人ごとに保険料を支払っているのではないということである。雇用主は給与総額に対して社会保険料を雇用税という形で支払っている。このため、被雇用者ごとの保険料支払額という記録は存在しない。例えば年金制度では年金権は給与の18,5%が年金権に相当するが、この分のお金の流れが個人レベルで記録されるわけではない。

社会保険か税金かというのは、日本の社会保障を考える上で非常に重要な問題であるが、今まで客観的な議論が十分されていたとは思えない。たとえば生活保護受給者のおよそ半分弱は高齢者であるが、これは高齢者の最低保障をどの様に制度化するかということで、20年前から年金制度で扱うか福祉で扱うかが時々議論されていた。しかし議論には何の進展も見られない。

スウェーデンの社会保険制度

ウェルフェアか社会サービスか

最近、日本のある人からスウェーデンでは福祉という言葉はもう使われない。使われるのは社会サービスであるという説明を聞いた。この表現は初めてではなく、15年ほど前にも聞いたことがあるが間違いである。日本語あるいは英語の社会サービスに近い言葉としては、「ウェルフェアサービス(välfärdstjänster)」が使われる。スウェーデン語で社会サービスというのは社会サービス法による業務で、高齢者ケア、障害者ケア、生活保護などをさし、医療、教育などは含まない。
この表現はどの様にして出来たか調べてはいるが、引用先が書かれていないのでまだ詳細は不明である(ある人が言い出し、そして他の人がこれを引用して広まるというのは考えられることである)。

Stockholm Solution

毎日新聞に「財政再建 北欧の大変身に学ぶ」という社説が載っている。これはもともとこの1月17日に財務省財務総合政策研究所が開いた国際会議からの紹介である。
スウェーデンの例はこの10年間、国際的にも話題になっていた。2008年にはNationalJournalが「What we can learn from Sweden」、Bloomberg Businessweekが「The Stockholm Solution」という記事を書いている。また連邦準備銀行は「On the resolution of financial crises: The swedish experience」という報告書を出している。当時、アメリカの金融危機が問題化され、スウェーデンの財務大臣がIMFで講演したりしている。

Bloomberg Businessweek誌2008年3月12日号「The Stockholm Solution」において、「At about the same time, Japan fell into its own financial crisis. But in sharp contrast to the Japanese, a rapid response by Swedish policymakers helped contain the damage and set the country up for more than a decade of strong growth. 」と日本との違いが指摘されている。

技術的なことはさておき、いちばん大きな違いはこれが国家的危機であるという認識が国民にも政治家にもあったことで、与党と野党が協力して対応策を発表し、これを党戦略にしなかったことである。社会保障面での出費削減も含まれていたが、現金給付の削減がいわゆる現物給付の削減より優先された(その後、状況の改善によって給付水準は元に戻された)。なおこれらの変化の影響は社会保障面でも大きく、2001年には十数冊の報告書が作成されている。

覚悟の社会保障

朝日新聞に「覚悟の社会保障」という記事が載っていて、日本で報じられないスウェーデン社会の「厳しさ」を書きたいとある。大いに書いて欲しいが、朝日新聞を含めこれらの話題をほとんど書いてこなかったのはマスコミではなかろうか。社会部および家庭部はバラ色の記事を書き、経済部は一部批判的な記事を書くというのがどこの新聞社にも共通している(と思う)。

スウェーデンは高福祉高負担の例として必ずあげられるが、どの程度まで高負担高福祉なのかもう少し詳しい説明があっても良かった。特にスウェーデンと日本は両極端であることが多く、この二国のみの比較は誤解を与えることが多い。また制度の違いによる数字の違いはあまり議論されてないが、スウェーデンなどは多くの社会保険給付は課税対象である。この結果、税金として支払う分が社会保障給付率に含まれ、これはおよそGDP比で4%前後に相当するといわれている。これを考慮すれば、29%は25%になる(これは比較の際にはかなり重要なことであるが、日本で話題にされたというのはほとんど聞かない)。

記事の中で触れられている「隠れ失業」は記事に書かれているような単純な問題ではなく、90年代から「就労戦略」との関連で議論がされていた(90年代に傷病休暇日数が急増し、大きな問題となった)。またマッチングも以前から行われていたが、最近行われたのはマッチングの民営化であり、マッチングの効果について疑問が出されている。就労問題のように政治的対立が大きい問題では、一方のみの意見を聞くのは適当ではない。これらの問題自体はほぼ正しいが、高福祉高負担との関連でどの様な分析をしようとしたのか不明である。

なお、社会給付の間違った支払いという問題は話題になったが、記事の中に書かれている「福祉のただ乗り」は何を意味しているのであろうか(これはどの国でも良く話題になるが、もう少し説明が必要である、どの様なことかある程度想像はついているが、「福祉のただ乗り」とは言い切れない)。

この記事には、目が点になる表現があった。所得の公開について、「相互監視」、「不正を防ぐ」という言葉が使われていて、記者の常識を疑う言葉の使い方である。ジョージ・オーウェルの社会じゃあるまいし、どこからこのような話になったのであろうか。記者だけでなくデスクも疑問を持たなかったのであろうか。
所得の公開はスウェーデンの憲法である「出版の自由法」に含まれる「公文書公開の原則」によるものである。朝日新聞の「公正な課税のために課税所得を公開」という表現は、違和感のある表現である。公文書だから公開されているのであって、公正な課税のために公開しているのではない(個人の課税情報を公開することによって公正さが増すわけではない。特に最近はのぞき見主義的な公開に対しては批判も多い)。個人が隣人の所得(公開されているのは少なくとも1年前の確定所得)を調べて「派手な生活をしている」と国税庁に連絡することは可能であるが、過去の所得に比べて現在の生活が派手というのは、これだけでは不正調査の対象にはならないしあまり聞かない話である(非課税所得があるかも知れないし、財産があるかも知れない。また年によっては税控除額が大きくなる場合もある)。そもそも公文書公開の原則は市民が行政をチェックするために出来たもので、所得情報の公開をいちばん使っているのはマスコミである(政治家、経営者、役員などの所得が調べられることが多い)。朝日新聞あるいはこの記事を書いた記者には「個人番号=監視社会」という思い込みがあるのであるのか知らないが、もう少し事実を調べてから書いて欲しいものである。

スウェーデンスペシャル

2009年2月(?)にテレビ朝日が開局50周年番組「スウェーデンスペシャル」を放映した。先日、知りあいから番組の録画を手に入れた。かなりこじつけが多い内容である。最大の問題は、制度の違いを十分考慮することなく、日本で話題になっている事項について一方的な/表面的な結論を出していることである。また歴史的考察もされていない。いくつか例を挙げる。

第1は消費税のみに焦点が当てられたことで、負担という観点からは地方所得税および保険料の変化にも触れるべきだった。なぜならば、スウェーデンでは社会福祉の原資は地方所得税、社会保険の原資は雇用税であるからである。

第2に福祉と経済の問題が十分分析されていない。特に90年代初頭の不況以降、スウェーデン経済は経済成長にもかかわらず就労増加に結びつかないという新しい状況に陥った、このためスウェーデンモデルといわれる積極的労働市場政策の有効性に疑問が出されるようになった。スウェーデンの積極的労働市場政策は有名であるが、その他にあまり触れられないのは、「就労戦略」である(社会保障制度における「就労戦略」についてあまり日本では話題になってないようである)。
「就労戦略」とは就労を優先あるいは働くことが特になるような戦略で、失業保険、傷病保険、生活保護、年金などにもその特徴が現れる。たとえば失業保険はただ単に給付を行うだけではなく、申請者の積極的な求職活動が要求される。生活保護の目的は申請者の経済的自立で、ただ単に給付を行うだけでなく、積極的な求職活動が要求される。年金制度も生涯所得に比例しているので、働けば働くほど年金給付は増える。なおスウェーデンは1971年に夫婦分離課税を導入し、特に女性の就労支援に効果がある(夫婦で見てみるならば、女性が独自に所得を得ることによって課税率が減り、就労のインセンティブが増える。またこれによって、女性独自の年金権も得ることができる)。スウェーデンの社会保険制度の存在理由は中流階級も恩恵にあずかれるような所得比例給付(最低保障のみではない)を行う事と、所得分配である。スウェーデンの所得移転の割合が大きいからこそ、就労戦略はより重要である。コインの裏表の関係と言っても過言ではない。

労働大臣にインタビューがされているが、内容がお粗末すぎる(カットされている部分があるのかわからないが、日本でもこのような単純な質問はしないであろう。政治家へのインタビューは政治独特のレトリーク、議論を知ってないと、うわべだけの質問になってしまう危険性がある)。

第3に保守政権になってからの変化にも触れるべきである。保守政権になってからスウェーデンモデルの特徴である労働市場政策は変化があった。また格差も大きくなっている。

第4に政治関係の情報が不正確である。スウェーデンは原則的に政党に投票するので、政治家個人よりも政党に対する補助が重要視されている。議員が秘書あるいは事務所をもつのではなく、国会議員の政党グループが補助を得て職員を雇用し、事務局を置いている。本人が負担した交通費も領収書を国会事務局に提出して支払いを受けるという制度である。議員会館の話しも嘘である。国会事務局は250名分の議員宿舎を持っているが、議員宿舎は議員の一時滞在に利用されるのであって住むのではない(この話題は日本における議員会館新築から出されたと思うが、日本で話題になっているからこそ制度の違いおよび考え方の違いをもっと分析するべきである)。これらはすべて調べればわかることであるが、大事なのは表面的な現象ではなく制度の運用およびその考え方である。

第5に、高齢者住宅の扱い方が誤解を与える恐れがある。日本の訪問者、視察者が行くのはサービスハウスであることが多い。しかしサービスハウスは一般住居ではなくて、特別な住居であり、最近はその存在に疑問が出されている(番組の中で紹介された住居は多分、サービスハウスであると思われる)。

50周年番組としてだけではなく、ドキョメント番組としてもあまりにも内容がお粗末である。客観性、正確性、妥当性を満たしていない。十分な調査をしないで慌てて作った番組のように思える。番組にはスウェーデン研究者が一人も参加してなかったのも気になるところである。

私はスウェーデンに住んでいるので、日本のテレビ番組を見る機会はない。上記の「スウェーデンスペシャル」は特例である。Youtubeをチェックしてみると、他にもこのような番組があるようである。その中でも「スウェーデンスペシャル」はまだましな方である。最悪の番組は、あえて番組名は出さないが、お笑い芸人が参加するバラエティ番組である。参加者だけでなく司会者(お笑い芸人)も、内容/数字の意味を全然理解していないので議論として成り立っていない。いわゆる評論家あるいは研究者が出ている番組もあるが、スウェーデンのことをほとんど知らないので、表面上の議論しかしていないことである。バラエティ番組で言われていることをそのまま信じる人は多くないと思うが、それでも番組(放送局)の責任は重大である。
プロフィール

Taro

Author:Taro
OKUMURA CONSULTING社代表
Sweden

スウェーデンの社会政策などを日本に紹介する仕事をしています。
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