JRにとって、在外邦人は使い捨てですか。

私のスウェーデン居住も46年を超した。年金生活者になり、現在の楽しみの一つは日本旅行である。その時、知りあいから在外邦人に対するジャパン・レイルパス廃止のニュースを聞いた。最終的には東京オリンピックまで一部変更の上、存続することが決まった。これに対する意見は数回「ジャパン・レール・パスを考える在外邦人の会」のフェイスブック欄に投稿してきた。いわゆる多文化社会に住んでいると、差別問題に敏感になる。スウェーデン社会で日本人として何らかの差別を受けたとは思っていない。しかし母国日本でこのような差別を受けるというのは何という皮肉ではなかろうか。外国に住んでいる日本人は「お も て な し」の対象ではないと言われたようなものである。またこの問題は日本人としての名誉の問題でもある。現在次回の日本訪問を計画しているが、この件についての私の意見をまとめておこうと思った。これを書くにあたっては複数の情報源を使ったが、もし間違いがあれば指摘していただきたい。

サンパウロ新聞によると、JRグループが同パスの発売を始めたのは1981年であり、発売当初はレール・パスに対する認知度が低かったので、永住者にも特例措置として利用を認められていた。しかし年間2000万人を超える外国人が来日するようになり、資格の認定において不公平だという声が聞かれるようになった。このため外国人観光客向けに発売を始めたものだから、今回特例を廃止することにしたと言われている。

去年11月、JRグループはジャパン・レール・パスの利用資格を変更し、外国に永住権を持っている日本国籍者や外国人と結婚し海外に居住する日本国籍者の利用資格を廃止すると発表した。なお外国人の利用に関しては変更はない。しかし最終的に廃止案はなくなり、新しい資格案が5月に発表された。永住権の条件がなくなり、10年の居住に変更になった。
「在留期間が連続して10年以上であることを確認できる書類で、在外公館で取得したもの等を有する 」
確認種類は① 在外公館が交付する「在留届の写し」(在留届の受付日付が10年以上前のものに限る。) ② 在外公館が発行する「在留証明」(「現住所に住所(または居所)を定めた年月日」として、10年以上前の年月が記載されたものに限る。)である。
また当面の間、特例として、「アメリカ、ブラジル、カナダに限り、在留国が発行する永住カード(当該国に10年以上在留していることが記載されたものに限る。)」も確認書類として利用できる。
なおジャパン・レイルパスは原則的に本国で購入する必要があるが、外国籍の旅行者のみ日本で購入することが実験的に可能となった(在外邦人は不可能である)。

東洋経済オンライン2016年11月25日によると、JRは以下のように説明している。
「これまでジャパン・レール・パスの海外在住の日本人の方への発売に際してはご利用資格を確認してまいりました。しかしながら、永住権等の資格を証明するための書類については国際的に定型的な書類が存在せず、また国により資格取得の条件が異なっているほか、永住権制度の有無等による不平等が生じるなど、海外在住の日本人のご利用資格が限定されていることに対しましてさまざまなご意見をいただいております。これらの状況を鑑みまして海外に在住されている日本人の方への発売は終了することになりました。なお、このたび発表させていただいたご利用資格変更につきまして、再度変更する計画はございません」

この決定に対して各国の在住邦人は反対し、一番政治的に影響があったのはブラジルなどの日本人社会であった。
「この説明を聞いていると、客が少なかった時は移住者などの海外永住者を利用し、訪日外国人が増えたから移住者は必要なくなったと移住者切り捨て論にも聞こえる。JRは「あくまでも特例をなくす改訂をしただけで、移住者を差別するような考えはない」と強調するが、結果から言えば差別と言われても仕方がないだろう」
「外務省も「民間企業のする営業方針に口出しはできない」と言うばかりで、移住者に対する思いやりが感じられない」

サンパウロ新聞の読者は言う。
「不公平が出るのはパスを発売したころから分かっていたはずで、それなら最初から特例措置など設けず、対象を外国人だけに限定すればよかったのでは。今までさんざんパスを買ってやったのに、観光客が増えたから特例を廃止するとは、結局は客の立場ではなく自分たちの都合でしか物事を考えていないということ」(サンパウロ新聞2016年11月30日)

戦後移民が多いブラジルの日系人社会はJRの「決定」にいち早く反応、日本政府やJR各社への陳情を積極的に行った。さらには佐藤ブラジル日本国大使が帰国した際、石井啓一国土交通相に直接、ブラジル日系社会の強い要望を伝え、善処を求めるなど、JRによる翻意を促したようである。

これらの動きを受けて、JRは2017年3月31日当初の決定を撤回し、日本人のJRパス購入を東京オリンピックが開催される2020年末まで認めると発表した。しかし条件は永住許可から滞在10年間に変更された。なおこれに関して、一民間企業であるJRグループと外務省の間および監督官庁である国土交通省との間でどの様な議論および合意があったかは一切不明である。

今回の決定の問題点はいくつかあると思う。
1.そもそもジャパン・レイルパスのスタート時の目的が間違っている。ディスカバー・ニッケイによると、「JRパスは外国出身者を対象としたものであって、日本人の存在を想定したものではない」という回答がJR東日本から送られてきたようである。そして永住者は特例措置として利用が認められていた。つまり永住者は「特例」なので、廃止するという説明が去年行われた。仮にスタート時において外国人旅行者と外国永住者を区別するのが適当であっても、それから36年、現在その区別が妥当であるか問われなければならない。JRはいまだに1981年頃の世界に生きているのであろうか。

海外の同類のパスを見てみると、ユーレイルパスを購入できるのは欧州以外の「非居住者」あるいは「滞在6ヶ月未満の外国国籍者」、アメリカのアムトラック・レイルパスはアメリカおよびカナダ以外に住む「非居住者」で、ジャパン・レイルパスのように国籍によって在外邦人と外国人旅行者に分けてはいない。最大の問題は在外邦人と外国人旅行者を分けていることで、グローバル化した現代社会で分ける意味があるのだろうか。そしてこれがパス使用の資格認定作業を複雑化しているのではないか。

2.2017年9月JRパスの高速道路版にあたる“Japan Expressway Pass”の販売が国交省およびNEXCOから発表された。その対象は外国籍者および外国に永住権を持っている日本人である。これは改正前のジャパン・レイルパスの対象者である。ジャパン・レイルパスと“Japan Expressway Pass”は交通手段が異なるとはいえ、なぜ異なる2種類の在外邦人資格を作るのであろうか。JRが「問題がある」として廃止の理由に挙げた「日本人永住者」の資格チェックは問題ではないと判断したからこそ、今回国交省およびNEXCOが同じ資格を導入したと考えられる。これについて国交省はどう説明するか。インターネットでこの対応の差に関する記事を調べてみたが、見つけられなかった。

3.今回の問題はJRのみの問題ではない。ジャパン・レイルパスが開始された頃から、海外からの旅行者=外国人旅行者として理解されることが多く、在外邦人の旅行はほとんど議論に出てこないあるいは「特例」である。現場においても在外邦人に関してはほとんど意識されていない(私もある観光案内所で外国人ではないということで、海外からの旅行者用のサービスを受けられなかったことがある)。国交省や観光庁は、国籍にかかわらず海外からの旅行者という観点からの観光政策の基本方針をなぜ立てられないのだろうか。もちろん観光客が日本語が出来る出来ないかでその必要性は異なるが、それは日本語能力の問題であって国籍の問題ではない。結局、関係官庁も「社会のグローバル化」という意味を理解していないのではないか。

4.2016年11月に日本人のJRパス購入の中止が発表されたおり、その理由として窓口業務と改札業務の煩雑化もあげられた。しかしこれはジャパン・レイルパス全体に言えることで、在外邦人だけの問題ではない。在外邦人の除外ではなく、外国からの旅行者増加に対する対応として考えられないものか。

5.JRの発表によれば、「永住権等の資格取得の条件が異なっていて不平等が生じるので、廃止する」という意見であったが、そもそも問題があるから廃止するというのは何の問題解決にもならないし、あまりにも短絡的な発想である。それよりも問題であると思われるのは、特例として、「アメリカ、ブラジル、カナダに限り、在留国が発行する永住カード」も確認書類として利用できるようになったことである。「対応に差が出来るのは不平等なので、廃止する」と言っておきながら、なぜこれらの国のみで、永住条件が残ったのか。永住権資格を理由としたのはただ単に付け足しであったのか。佐藤ブラジル日本国大使が石井啓一国土交通相に善処を求めた結果なのか。この特例の背景について、JRからは一切説明がない(今回の「特例問題」について調べたマスコミはいないようである)。

6.10年の居住を証明するために、 在外公館が交付する「在留届の写し」あるいは「在留証明」が必要になった。しかしたとえば「在留届」は在留期間を証明するものではない。届けられた日付である。たとえば私は1971年からスウェーデンに居住しているが、大使館に在留届を出したのは1980年である。外務省の「在留届の写し申請書」には「在留届の写し」は「記載内容が事実であることを公証するものではありません」と書かれている。在留期間を証明するのは各国の行政機関であって大使館ではない。スウェーデンであれば、国税庁住民登録部からインターネットで英語の居住証明が入手できる。そしてこれは「在留届の写し」のように「記載内容が事実であることを公証するものではありません」ではなく、政府の正式な書類なのである。言い換えれば、JRはスウェーデン政府の正式な在留証明は認めないで(スウェーデンではなく、他の国でも良いが)、事実を公証できない大使館の「在留届の写し」を認めるということなのである。フェイスブックにも書いたが、永住資格のチェックよりも在留期間のチェックの方が問題は大きい。

7.今までは国税庁住民登録部からインターネットで居住証明書を手に入れていたので、証明書は無料ですぐに手に入った。今回からわざわざ大使館に出向いて写しを手に入れなければならなくなったので、経済的および時間的負担が増えた(私は大使館がある市から離れた市に住んでいるので、この負担は少なくない。紙一枚を手に入れるために、日本までの片道チケット代に相当する額が旅費および滞在費として必要である)。これらの証明業務は合理化あるいは効率化するべきではないか。

8. これはJRという一民間企業の話であるが、決定および変更のいきさつがほとんど不明である。国交省および外務省とどの様な話があったのか、ブラジル大使の要望が参考にされたのか、在外邦人からの意見書はどう扱われたのか。どれくらいの在外邦人がジャパン・レイルパスを使っているのか知らないが、少なくないことは事実であろう。にもかかわらず、廃止発表時において「再度変更する計画はございません」と「啖呵を切って」おきながら、変更の理由についてほとんど説明がされていない。JRは各地域に別れた民間企業ではあるが、全国的な鉄道会社としての位置づけは変わらない。もちろんジャパン・レイルパスにも改善の余地はあるが、利用者の意見を無視して独善的に決めて良いというわけではなかろう。

9.フェイスブックの「ジャパン・レール・パスを考える在外邦人の会」の欄に、日本国籍を保持している邦人から国籍条項に関して意見があった。日本国籍を持つということは自分のアイデンティティであり、よっぽどの理由が無い限り国籍を変えたくない。しかしこのような形で日本国籍を持っていることによって不利が多くなるのであれば、国籍変更も考えなければならないのかという意見であった。私の場合もよく似た状況であるが、国籍を選ぶということはもっと大事な価値観に基づくべきであり、こんなJRPの利用資格問題で国籍を変えたくないのも事実である。外務省領事部は何と答えるだろうか。在外邦人が望んでいるのは他のグループより優遇されることではなくて、日本以外の国籍を持つ旅行者と同じように扱って欲しいということだけである。

10. 社会がグローバル化し観光に力を入れようとしている時に、在外邦人が社会の架け橋となっている現実に、日本社会だけでなく日本政府や一民間企業であるJRももっと目を向けるべきである。今回のJRの決定が長期的、戦略的に考えられたものではなく、一企業の短期的で狭い視点でしか考えられていないのは残念である。

参考資料)
サンパウロ新聞2016年11月30日
さかいもとみ JRパス「在外日本人は使用不可」撤回の舞台裏 東洋経済オンライン2016年11月25日
ジャパン・レール・パスを考える在外邦人の会FB
ディスカバー・ニッケイ http://www.discovernikkei.org/ja/journal/2017/11/22/jr-pass/

マスコミの犯罪報道

「仕事柄」毎日、新聞をチェックしているが、いつも気になっていることがある。それは事件が起こったときのマスコミの報道の仕方である。今回、長崎県佐世保市で高校1年の女子生徒が殺害された。単純な殺害事件ではないので、事件について興味が高いのは理解できる。しかし理解できないのは、「捜査本部によれば」という言葉使い方である。捜査本部が毎日記者会見をしているようではないが、「捜査本部によれば加害者はこんなことを言った」とかの記事が載っている。どの様にしてこの情報を得ているのであろうか。捜査本部の刑事がその日の出来事をぺらぺらと記者に話しているのであろうか(そもそも全容が不明な状況においては、個々の情報の投げ売りは危険である)。まだ捜査中であり、捜査中の情報は秘密であると思う。秘密である情報を刑事が漏らせば、法律違反になるように思うのだが、これで刑事が罰せられたというのは聞いたことがない。本来、マスコミは権力のチェックのためにあるのであって、警察と仲良しになるためにあるのではない。危険なのは、これによってマスコミが結果的に情報操作される(する)ことである。マスコミはマスコミの名の下に警察の法律違反を助長していいわけではない。

「船から落ちた」

尖閣諸島の魚釣島への上陸問題が話題になっているが、ANNニュースによると、ある議員曰く「風にあおられまして、船から落ちてしまいまして、無我夢中で泳いだ先が魚釣島だった。ーーーー」。
いい訳なのか、何なのか。

事後検閲

今日の産経新聞にまた変な記事が載っている。

テレビやラジオの番組を「文化的資産」として国立国会図書館で収集・保存しようとの動きに、民放関係者は「公権力による事後検閲につながるとして、反対しているというのだ。
国会図書館に保存することがなぜ検閲あるいは公権力の圧力/介入につながるのか全然理解できない。「放送は(録画・録音で)固定されることを前提にしていない。ニュースを扱っていても新聞などとは違う」と主張しているらしいが、これは一言で言ってしまえば垂れ流ししてもその内容には一切責任を負わないということである。これが公共の電波を使っている民放の意見らしい。

下駄の雪

今日の新聞に「下駄の雪」という表現が載っていた。初めて聞く表現なので、辞書で調べてみたが載っていない。そこでインターネットで調べてみた。あるホームページに次のような説明があった。

「下駄の歯に付着した雪のこと。・・・雪は踏まれるたびに固まり次の雪が付着して、なかなか下駄の歯から落ちることがない。自民党と連立を組んで与党の一員となり都合4回の総選挙を闘った公明党は時に自民党の政策に異を唱えることはあっても10年間一度も政権を離脱することはなく、問題があっても最後は必ず自民党に同調して閣内協力を貫き通した。こんな公明党の対応ぶり・姿勢に対し、自民党の幹部が鼻歌交じりに漏らした言葉が「踏まれてもついてゆきます下駄の雪」だった。常に庶民の味方と称し、また政権与党としての実行力を誇示し続けた公明党ではあったが、他の政権より政策的に近かいと言われた福田政権の幕引きにも手を貸すなど内実は権力志向が強く、政権の座の維持に異常なほどの執念を見せたことも事実である。・・・」(http://atsso.asablo.jp/blog/2009/09/08/4568673)

なお「下駄の石」という表現もあるようである。下駄に挟まった石のように、公明党は自民党と一体化して、離れることはないという意味だそうだ。

派手なだけで問題解決能力のない首相

ワシントン・ポストによると、野田首相は「ここ数年で最も賢明なリーダー」だが、今までは「派手なだけで問題解決能力がなかった首相」ばかりが続いたと紹介している。

役所や公務員の悪口を言うのが議員の仕事

橋下徹氏の言動は前から話題になっているが、またあきれた発言が読売新聞に出ていた。
職員リストの捏造問題で、橋下市長は「役所や公務員の悪口を言うのが議員の仕事。組合は公務員の団体で、個人攻撃をしたわけじゃないから問題ない」と反論したらしい。
いつから、住民は「役所や公務員の悪口を言う」ために議員を選ぶようになったのか。住民に対する侮辱以外の何者でもないと思うのだが。
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Author:Taro
OKUMURA CONSULTING社代表
Sweden

スウェーデンの社会政策などを日本に紹介する仕事をしています。
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