朝日新聞よおまえもか

 朝日新聞は中立とかいう意味ではなく、他の新聞に比べてわりと正確なスウェーデン記事を載せていたと思う。もちろんこれも相対的な話しで、私も今まで2回ほど批判文を朝日新聞に送ったことがある(残念ながら掲載されなかったし、何の返事もなかったが)。

今回、日本の知り合いからこんな記事が載っているといって送られてきた。人情薄い福祉先進国として2000年12月11日の夕刊(関西版)にのったらしい。長くなるが少し引用してみたい。

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藤本義一の日日日日(ひびにちじつ)

 十数年前、北欧の福祉国家といわれた国の現実を取材したことがあった。カメラマンと通訳の三人で早朝から街を歩きまわった。

 朝靄(あさもや)が樹々(きぎ)の間を流れる公園のベンチには老夫婦が肩を寄せ合って、小鳥の囀(さえず)りの中にぼんやりと浮かんでいた。

------省略------

ベンチに近付いた。

老夫婦は石となって動かない。

   *

 目は大きな窪(くぼ)みの中で瞠(みひら)かれ、瞬きを失っていた。夫婦のどちらかが、われわれに向かって、小虫を払う仕草(しぐさ)で撮影なんぞするなという素振(そぶ)りを見せた。膝(ひざ)は毛布で覆われ、何枚もの衣類が重ねられて身を包んでいた。

 朝の冷たい外気が二人を石にさせているのがわかった。撮影を止(や)めた。老夫婦の唇だけが異様に濡(ぬ)れていた。光っている。脂肪(あぶら)が歯のない皺(しわ)の寄った唇の外に滲(し)み出していた。

 老夫婦の膝にかけられた毛布の上に犬や猫のペット用の袋に入った餌(えさ)があった。ギラギラした濡れた唇の色は、その餌を舐(な)め、歯茎で噛(か)んで食べたために付着したものだとわかった。通訳の青年が、たどたどしい日本語で説明してくれてわかった。

 「子供たちは南の方に働きに出たまま帰って来ない。フランスとかイタリアに行って帰って来ない。政府からのお金では、これしか食べられない」

 福祉先進国家の末路がこの老夫婦の姿だった。ロングでは幻想的で美しく、近付けばこの残酷な現状に肌寒さ以上のものを覚えた。-------

 日本は遅ればせながら、確実にこの状況に近付いている。間違いなく近付いている。

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 どうも話しが作り話のように思える。まず十数年前といえば80年代中頃で、スウェーデンが好景気だったときである。複数の子供たちが南欧で働いているというコメントではなくて、帰ってこないというコメントである。スウェーデン人が大人である子供の仕事についてこのようなコメントをするのはどうもおかしい。2番目におかしいのは子供たちが帰ってこないから、このようなものしか食べられないということであるが、これもおかしい。子供を当てに生活している高齢者がいるというのがおかしいが、食事にも事欠くほど収入がないというのもおかしい。最低限の生活が出来るだけの年金はすべての高齢者に出ているし、何らかの理由で年金がないのであれば生活保護で最低限の生活はおくれる。第3番目に、わざわざ秋か冬の公園に毛布などを持っていって、外でペット用の餌を食べるというのもおかしい(情景が悪質なやらせの感じさえする)。それにペット用の餌は安くないのである(脂肪が出るような餌とはどのような物なのであろうか)。第4にこれがホームレスのことであっても、夫婦でホームレスというのは非常に珍しい。私はこのような話は聞いたことがない。老夫婦のコメントがどうもスウェーデン人ではなく日本人のコメントのような気がする。

 最後の「日本は遅ればせながら、確実にこの状況に近付いている」というのはどのような意味なのだろうか。介護保険に色々な問題もあるが、これとスウェーデンの高齢者ケアとどのような関係があるのであろうか。また万が一この話が本当であっても、編集部は何を言いたいのか。スウェーデンにも食事がとれないで、動物の餌を食べなければならない貧しい人がいるということを言いたいのか。そしてこれが「福祉先進国家の末路」なのか。「人情薄い福祉先進国の悲哀」というのは編集部のタイトルだと思うが、タイトルの付け方からしてどうもプロらしく見えない。もしこの話が本当だったら人情とかの感情の問題ではない。それを「人情薄い」と書くところからして全然ポイントが理解されていない。この話が誤解であれば説明すればすむ問題であるが、もし作り話であれば悪質である。この欄は中高年世代をめぐる、「明るく、楽しく、しみじみと」した話題が主題であるそうだが、今回の話はいったい何に相当するのであろうか。

 仮にこの記事内容が事実であっても、例外はいくつ集めても例外にしかならないという事実である。人が犬を噛んだという話題と同じく、例外であるという認識があるから面白いのである。もし例外であるという認識がないのでれば、人は犬を噛むものだと思ってしまう。もし記事に書かれているような傾向があるのであれば、これを福祉国家の問題点として議論すべきである。しかしたまたま見聞きした断片的な事件であるならばそのように書くべきで、ましてや福祉先進国家の末路や人情薄い福祉先進国という言葉を使うべきではない。ここに編集部の重大責任がある。有名な小説家が書いても、記事がフィクションでない限り記事の事実関係に責任を持つのは編集部である。福祉国家スウェーデンにも食べ物にも困る高齢者がいるということを言いたいのか。もし介護保険との関連で、保険と収入保証との問題が話題なのであれば、スウェーデンではどうなのかを書くべきである。この記事の意図は何なのか理解に苦しむ。これらの意見を編集部に送ったが、何の返事もなかった。あるページに朝日新聞に対する意見が載っていた。

「朝日新聞は、読者の皆様からの多様な意見や指摘について謙虚に耳を傾け、新聞づくりに生かしていきたいと考えております」

 どこの朝日新聞なのであろうか。

スウェーデン人は親を介護しない

スウェーデン人は親を介護しないというのは日 本ではよく北欧批判者が言うことだが、間違っている。北欧においては高齢者が子供と同居する割合は非常に低いが、南欧を除く他の欧州もアメリカも同居率は 20%弱で、南欧は30%ぐらいである。日本は現在約50%で、この同居率という点から見ると、日本と北欧はお互いに最極端に位置する。しかしながら北欧 では同居していないから介護もしていないということではない。

 1992年に行われた調査によると、同居していない子供から介護を受けて いるのは北欧では約20%で、これは欧州の平均数字である。なお一緒に住んでいる連れ添いから介護を受けているのも欧州平均である。このようにして同居形 態は違うが、家族介護については大きな違いはないし、同居していない家族との交流も盛んなことは多くの国際調査が証明している。やはり一番大きな違いは公 的介護を受けているかどうかである。これは北欧が欧州平均よりもダントツ高い。同居率が高い国などで問題となるのは遺産相続で、良く言われるのは公的介護 があるからこそ、金銭計算なしに家族の純粋な精神的愛情をつぎ込める。問題は同居すること自体にあるのではなく、それによって子供に選択の余地がなくなる ことである。それとまたこの同居率とその国の年金などの高齢者に対する収入保証と大きな関係があると私は思っている。つまり収入保証が十分でない国では親 は子供に頼らざるを得ないわけで、これと愛情とは何の関係もない。
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Author:Taro
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