強制不妊手術

 97年8月20日、スウェーデンの日刊紙の一つであるDN紙は不妊手術についての記事を載せた。これはAFP時事を通じて日本に伝えられ、日本の大新聞はすべて特派員をスウェーデンに送った。にもかかわらず、新聞に載った記事には間違いが多い(うわべだけの記事が多い)。最大の間違いは、この事件は秘密でも何でもなく、少なくとも有識者、マスコミ、政治家には以前から知られ、ラジオ番組が放送されたり、研究書などが出ているにもかかわらず、日本の四大新聞はこれを秘密が発覚した事件にしてしまったことである(1990年には強制不妊手術についてのラジオ番組が放送され、1991年にはこの問題についてかなり詳しい書籍が発行されている)。この事件を「秘密の発覚」として書いているスウェーデンのマスコミは一つも無く、多分これは事実を確認した情報ではなくイギリスの新聞記事の引用だと思われる(スウェーデン側からの情報でないことはほぼ確かであるが、引用先の記載は無かったように思う。また政府の記者会見において、社会大臣はこれは秘密ではなかったと説明している)。今回の記事に新しいことはほとんどなく、以前と違うのは日刊紙が連載でかなり詳しい記事を載せたこと(上記のDN誌も以前に強制不妊手術について新聞に載せる機会があったが、古い事件だと言うことで載せなかったのは有名な話である)と、海外で注目されたことなどである。このような状況はすぐ把握できるのに、新聞は情報源を調べなかったのであろうかと私は不思議に思う。日本における誤解の情報源はこれらの新聞であり、その意味に置いて新聞の責任は重大である。

 2番目には、この記事を書いた記者およびDN紙に対する批判で一番大きいのが、この事件の事実関係ではなくて、この記事の政治性である。福祉国家批判のあまり、一番重要な医学および優生学に対する批判が欠けているのである(Aftonbladet誌はDN誌に対する批判的な記事を連載したが、これは日本では一切引用されなかったようである)。また当時の個人と国家の関係を考えてみると、社会のためには国家が個人の権利を制限することが合法的であると思われていた。そして福祉国家であろうとなかろうと、これが当時一般的に受容されていた政治的状況なのである。だからこそ当時あるいは現在、福祉国家と呼ばれない国(例えば日本、アメリカ)でも同じようなことがなぜ起こるかということが自問されなければならない。

 3番目に、貧困の原因の理由の一つは子だくさんであった。当時、避妊法の広報が禁止されていて、非合法的な中絶およびそれによる死亡事故が大きな問題であった。もちろん今から考えれば批判されるべき行為であるが、当時は子供を世話できない人が子どもを作らないようにするのが、これが本人にとっても社会にとっても最善であると信じられていた(一部で言われているように単純な経済性ではない)。

 4番目に、この法律は国会にてほとんど全会一致で決まったものであり、今では行われた行為を正当化できないが、その説明にはなるというのが有識者の見解である。だからこそ、この報道はいっさい政治的問題になっていないのである。

 今回の報道の結果、政府の対応も早く調査委員会が報告書を出すことを決めた(報告書はSOU 1999:2、2000:20として出版されている)。今回これが話題になったのは国内的には時代の流れ、および海外のメディアが大きく報道したことで、国際的にはナチの金塊問題などで欧州における「戦中、戦後の問い直し」、および福祉国家スウェーデンでなぜという意外性、悪くいえば福祉国家のあら探しである。今回の報道が日本にとって意味があるのは、これをただ単に一時的な事件にしてしまうのではなくて、スウェーデンがこのような歴史の反省にたって、その後どのようにして障害者などの権利の強化、自己決定に力を入れてきたかを学ぶことである。

 DN紙の記事が出てから、数ヶ月間紙上に置いていろいろな議論および批判があった。第1はこの記事は学術論文でもなく、新聞記事である。このため記事の客観性に疑問が出されている。(記事の傾向および記者個人に対するコメントは控えるが、「ユダヤ人だから批判されたかも知れない」という記者の日本での発言は初耳である)、第2は福祉国家あるいは社民党と結びつけた記事の政治性である。しかしこの記事に対する議論、批判などは、わたしが知るかぎり日本では全然報道されていないし、無批判的な安易な引用が多いように思える。しかしながら、この記事がなければ政府の調査委員会も設置されなかったであろうということも事実である。

2018年4月16日の毎日新聞記事「スウェーデン、手術2万人 「福祉国家」も強制不妊 男性「人生戻らない」」に関して追加。
 毎日新聞がスウェーデンの強制不妊手術に関して調査に来るというのはある人から聞いていた。この事件の報道には事実誤認もあったので、今度は新聞がどう書くか興味があった。

「97年に同国のジャーナリストが告発するまで、22年間歴史に埋もれていた」
 間違いである。この事件は以前から知られていて、私も大学で社会学の授業で読んだ覚えがあるし、いくつかの論文も出ている。秘密が暴露されたような書き方はイギリスの新聞が始めたようで、この事件が報道された時、日本の4大新聞はすべてそのような書き方をした。スウェーデンの社会大臣は外国の記者向けの記者会見で、これは秘密のプログラムではなかったとちゃんと説明している。日本の記者はこの記者会見に参加していないのだろうか。大臣の発言については、Washington Postが1997年8月29日の新聞に書いている。

「スウェーデンでは32年、社会民主労働党が政権を取り、以後の長期政権で福祉国家政策を進めた。一方で、強制的な不妊手術を認める法律を34年に制定。41年の法改正では、対象は精神障害者から「反社会的な人」たちにも拡大された。」
 かなりの誇張がある。社民党政権が福祉国家政策の中でこの政策を進めたような書き方(福祉国家も強制不妊)であるが、そう単純な話ではない。まずすべての党の賛成の元に法律が決まったこと(なお41年の改正時は保守党との連立政権である)。またスウェーデンの優生学の歴史には一言も触れられていない。スウェーデンでも日本でもこの事件を現代の福祉制度に結びつける人がいる。優生学などの研究者であるMattias Tydén氏は、「福祉国家という概念をこのプログラムの説明として使うには、(この概念は)あまりにも一般的な言葉である」と述べている。

「報道をきっかけに政府が補償に動いた」
 間接的には事実であるが、直接的には調査委員会の報告があり、この報告書には「責任」の問題点も議論されていて、非常に参考になる(政府は被害者に対して一人当たり17万5千クローナの補償金を払うことを決めたが、法律的責任を認めたわけではない。補償金はex gratiaとして支払われた。ex gratia=An ex gratia payment is not necessary, especially legally, but is made to show good intentions.)。
 この記事は良くも悪くもマスコミ的な書き方であるが、今回の記事にはストックホルム大のルンシス准教授および強制不妊手術の被害者へのインタビュー記事を載せている点が以前の記事と異なる(ドアを挟んでのインタビューというのは状況を考えてもかなり変わった方法である)。

今回の問題はスウェーデンの歴史的問題でもあり、その経緯を十分理解している必要がある。いつものことながら何か結論先にありのような感じを受けた。スウェーデンに関して記事が書かれる場合、記者はスウェーデン語が読めないことが多いので、重要な第1資料にあたるということがおろそかになりがちである。

2018年6月9日編集
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