場当たり的な対応は人災である

 今回の大震災だけでなく福島第1原発の事故について、政府批判は多い。情報を隠しているとかの批判については、著者は判断する情報を持っていない。しかし政府の情報発信体制およびその判断体制はもう少し改善できないものかと思う。この体制の問題は人災である。たとえば枝野幸男官房長官や保安院および他の政府機関の発表をなぜ同じ場所で行えないのか。官房長官は技術的なことは一切説明できない。なぜ専門家も同席して、判断の背景なども説明しないのか。官房長官がいくら「安心してください」と言っても、その発言を信じる国民はどれだけいるのだろうか。
 福島第一原子力発電所から半径20キロ圏外の5市町村について、新たに「計画的避難区域」に設定して避難対象にすると発表した。この地域に住み続けると、放射線量の積算線量が1年間で20ミリ・シーベルトに達する可能性があり、健康被害を予防する措置らしい。機械的な20キロというのではなく、実際の積算線量で判断するという判断が遅すぎるのである。国際原子力機関(IAEA)からの避難の必要性の指摘に対して、その必要性はないと言っていたのは誰なのだろうか。
 東京電力だけでなく、保安院および原子力安全委員会に対する批判も大きい。安全委員会は信頼性が不十分だとして、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム「スピーディ(SPEEDI)」は一度公開しただけである。チェルノブイリ原発事故に詳しい古川路明名古屋大名誉教授はデータ集めの体制が弱かったことが、判断を遅らせた可能性を指摘している。さらに京都大原子炉実験所の小出裕章助教は「政府は安全安心を言いたいがため都合のいいデータだけ出して過小評価しようとした」と政府の姿勢を厳しく批判している。4月12日の東京新聞より。
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